最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)70号 判決 1992年1月24日
上告人
上原正光
右訴訟代理人弁護士
清井礼司
被上告人
国
右代表者法務大臣
田原隆
右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(行コ)第二号、第三号、第六九号賃金及びに損害賠賞請求控訴、同附帯控訴事件について、同裁判所が平成二年二月一四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人清井礼司の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係の下において、上告人の本件年次有給休暇の時季指定に対する本件時季変更権の行使を適法とした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、いずれも採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)
(平成二年(行ツ)第七〇号 上告人 上原正光)
上告代理人清井礼司の上告理由
一 判例違背―最高裁昭和六二年九月二二日第三小法廷判決
1 最高裁昭和六二年九月二二日第三小法廷判決(昭和五八年(オ)第九八九号)は、労基法三九条一項・三項につき「・・・・同法の趣旨は、使用者に対し、できる限り労働者の指定した時季に休暇を取ることができるように、状況に応じた配慮をすることを要請しているものとみることができ、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、右法の趣旨に反するものと言わなければならない。そして、勤務割を定め、あるいは変更をするについての使用者の権限といえども、労働法に基づく年次休暇権の行使の前には、結果として制約を受けることになる場合があるのは当然のこと」とし、「労基法三九条三項但書に言う『事業の正常な運営を妨げる場合』か否かの判断に当たって、代替勤務者の確保の難易は、判断の一要素となるべきではあるが、勤務割により勤務体制の取られている事業場においても、使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能であると認められているにも拘らず、使用者がそのための配慮をしなかった結果、代替勤務者が配置されなかったときは、必要人員配置を欠くことをもって事業の正常な運営を妨げる場合に当たると言うことはできないと解するのが相当である」旨、判示している。
2 しかし、原判決は、上告人が一九七八年五月一〇日の同人の勤務終了間際になした五月一八・一九・二〇日の三日間の年次有給休暇の時季指定について、使用者にとって考慮期間が当該指定時季までに一週間以上もあったにも拘らず、翌一一日午前中の鈴木課長の即座の時季変更権をもって、しかも、同課長の時季変更に至る判断過程は、原判決の事実認定によっても「……鈴木課長は、前記のとおり剰員の有無、欠務予定者の年休取得の時季等を検討、確認」したに過ぎないにも拘らず、「客観的に時季変更権が認められてもやむを得ない事情が認められる」としてしまっているのであり、明らかに前記最高裁判決が指摘する「状况に応じた配慮」「通常の配慮」を何らすることもなくなされた時季変更権の行使を有効としてしまっているものであり、これは明らかに労基法三九条三項の解釈を誤ったものである。本件事件も右最高裁の事件も根は一つである。双方とも成田空港の開港(一九七八年五月二〇日)に向けた郵政省の、職員を集会に参加させないための服務規律厳正化の指示に基づく時季変更権のケースがあるが、右鈴木課長の「配慮」を見れば、本件の場合も、その実態は右最高裁事件と同じく「……休暇の利用目的のいかんによってそのための配慮をせずに時季変更権を行使するということは、利用目的を考慮して年次休暇を与えないというに等し」いのである。
3(一) 物数調査の意義・目的について、原判決は第一審判決の考え方を変更している(これについては後記二で触れる。)が、仮に、物数調査について原判決のように実際の運用の実情とは全くかけ離れた建前論にのっとり、かつ、代替勤務者につき「従前より中原郵便局においては、後に請求された年休を取得させるために、先に年休、週休、非番日として欠務の予定されていた者に対して出勤の可否を打診し、その予定を変更してその者に出勤を命ずるという取扱いはなされていなかった」との明らかな意味の取り違いを前提としても、本件においては、鈴木課長が上告人の成田闘争への参加という休暇利用の目的にとらわれずに中原局第二集配課の当時の「状况に応じた」「通常の配慮」さえしていれば、「事業の正常な運営」の意義を外勤集配業務について「滞留物数が平常時のそれとそれほどかけ離れていない状態」という常識的な解釈ではなく、物数調査ゆえに完配しなければならない、として極端に考えるとしても、それは、次に述べるように極めて容易に実施できたケースである。原判決は第一にこれを全く無視してしまっているのである。
(二) それは、五月一八・一九日については速達・小包の同二〇日については速達についての、併配あるいは分散配送という、通常小包の取扱いあるいは突発休などでどこかで欠区が生じた場合に取られている後補充方法を何故検討しなかったか、ということである。以下それを具体的に検討する。
(1) 一八・一九日の小包区の小包の取扱いは、被上告人は物的調査のために通常とは異なって特に担務指定したとしているが、平時においては、日常的に小包区に担務指定することなく、通配区毎に分散して通常郵便物とともに併配して処理しているのである。そして臨時的に速達区に欠区が生じた場合にも同じく通配区毎に分散して併配している。小包の併配と速達の併配を比較すれば配送物の形状上速達郵便物の併配が通配区の外務勤務者にとって楽である。速達郵便物は形状上は通常郵便物と何ら異なるところがないからである。同じ併配は速達区と小包区の間でも可能である。
(2) なお、二〇日の速達夜勤については、勤務時間の関係上形式的には通配区の併配が困難に見えるが、しかし、二〇日は土曜日であって、通配区での併配ができない時間帯での速達郵便物はそもそも少なく、しかも速達便が中原局に到いたとしても、土・日は事業所の休みが多く、紛争防止のために手渡しを原則(とりあつかい規程による)とする(郵便受けに投げ込まずに)速達郵便物は休配(局止め)になり、二〇日の配達を要する速達郵便物はそもそも少ないのであって、通配区又は速達区に超過勤務をつけるか、あるいは課代主事(夜)に配送されば十分に処理可能だったものである。
(3) 速達郵便物の完配は、通配区の併配によらなくとも十分可能だったはずである。(証拠略)(速達五区担務指定)を比較すれば、月曜日には速達の担務指定が少ない(速達三区担務指定)ことが明らかであるが、これは土・日の局止め(事務所あてのもの)を含めて月曜日には配達すべき速達郵便物が少ない(会社が土日休のため土・日曜日に郵便物を発送する数も必然的に少なくなる)ためであるが、これは欠区を意味するのではなく、他の速達区の配達区域を拡張して、全体をカバーするようにして処理することとしていたのである。これと同じことは一八・一九・二〇日の速達日勤・二〇日の速達夜勤にも十分に可能であったはずである。特に速達日勤・速達夜勤に指定された職員には、超過勤務を命じられていなかったのであるからなおさら可能であったはずである(証拠略)。
(4) 更に一八・一九日については速達郵便物又は小包を、超過勤務の必要なかった職員に超過勤務(物数調査期間中予算計上されている)を命じ、分散併配もしくは分散配達を実施させることも可能だったはずである。
因みに、乙号証から超過勤務のついていない者のうち、速達日勤一区分の速達郵便物の分散併配又は分散配達の可能だった者とその担当区を示すと、
五月一八日 一区佐藤、一〇区小沢、一二区成瀬、速達日勤二区富増、小包二区山形
五月一九日 一区鯨岡、九区岡本、一〇区小沢、速達日勤二区井口小包一区小林
となっている(証拠略)。
(三) 以下のとおり、鈴木課長が小包区については平常の、速達区においては毎月曜日の通配区については突発休が生じた場合の後補充の方法さえとれば、物数調査があっても十分に速達郵便物及び小包の配送は完配もしくはそれに近い成績で実現できたはずであったのであり、このように、欠勤予定者(年休・週休・非番)の勤務に触れることなくして無理なく取りうる「通常の配慮」さえ一切することなくなした鈴木課長の上告人に対する時季変更権の行使は、前記最高裁判決に照らして明らかに無効であるといわざるを得ない。
4(一) 原判決は「先に年休・週休・非番日として欠勤の予定されていた者に対して出勤の可否を打診し、その予定を変更してその者に出勤を命ずるという取扱いはなされていなかった」と事実を誤認したうえでこの取扱いにつき「これを不当・不合理とする理由はない」としている。しかし、前記最高裁のいうところは、他の欠務予定者に対する出勤勤務への変更の勤務命令が義務的なものとしてではなくても、少なくとも欠勤予定者に対して出勤の可否を打診してみる位はやっておかない限りは「状況に応じた配慮」をしたことにならないことは明らかである。これが第二の問題である。
(二) なお、「……その者に出勤を命ずるという取扱いはなされていなかった」というのは、年休請求によって欠区が生じても前記3で述べたような後補充方法による調整等によって平常時の滞留物数とそれ程かけ離れた滞留数を生じさせなかったり、欠配を当局自身が容認してきたことを意味するにすぎず、時季変更権の行使を有効とするものとして、このような取扱いが準則化されていたものでは決してない。
(三) 実際には、遠籐主事や寺沢の計画年休の五月一九日への変更のために、阿部 日5→早1、成瀬 計年→日5(計年の抹消は誤記ではなく計年の変更である)(証拠略)、佐藤 日5→日1、新圧 夜3→日5(証拠略)等と勤務変更が行われており、又五月七日から六月三日に限っても成川六回(年休を除く)、井口六回(証拠略)、阿部九回(証拠略)、山形八回、南波五回、佐藤七回、新圧四回(自由年休を除く)(証拠略)の多数の勤務変更は、証拠上は誰の、とは特定できない(仮に全員の勤務指定表が提出されていれば誰の年休のための勤務変更かは容易に特定可能である)ものの、年休の事後的な割込みのための勤務変更であることは容易に推察でき、右のうち欠勤予定の変更は、
計年
(成瀬5・19、山形5・20、佐藤5・24)
週休
(南波5・10、佐藤5・7、5・15)
非番
(阿部5・16、南波5・11)
となっているのであって、「従前より中原郵便局においては、後に請求された年休を取得させるために、先に年休・週休・非番日として欠勤に予定されていた者に対して出勤の可否を打診し、その予定を変更してその者に出勤を命ずるという取扱いはなされていなかった」との事実認定は明らかに誤りであり、しかも右の多数の勤務変更は打診の結果であって、常識的に考えても打診そのものは更に広範囲に実施されているはずである。
となれば前述のように欠勤予定者に対して打診もしないというのは、明らかに前記最高裁判決のいう「状況に応じた」「通常の配慮」を全くネグレクトしたという他はないのである。
5 以上のとおり、原判決は前記最高裁判決に違背し、労基法三九条三項の解釈を誤ったものであり、これが判決に影響をおよぼすことは明らかである。
法令解釈の誤り―「事業の正常な運営」
1 原判決は、労基法三九条三項と五月物数調査との関係につき、第一審判決を否定したが、これは、右三項の「事業の正常な運営」について解釈を誤ったものであり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2 原判決の考え方によれば、「……通常の業務に、前記のような物数調査の作業が加わることになるので、業務の正常な運営を妨げるか否かの検討に当たっては、郵便物の配達の遅れや未処理の発生の恐れのみならず、物数調査が適切に行われるか否かの考慮をも加えるべきである」として、完配(これについは、前記一で述べたとおり通常の配慮・工夫で可能である)だけではなく、欠区そのものを生じさせてはならない、即ち、併配・分散配送ではダメということになる。
3 完配しろ、欠区を出すな、というのは、国民のための郵政事業としては全くもっともなものである。しかし、それをもって年次休暇をめぐる法律関係を直ちに拘束することはできず、しかも右の考え方は現実の物数調査の実態と乖離した建前論となっている。
現実の物数調査は(証拠略)から明らかなとおり、そして第一審判決で認定するように、
「『物調』があるために平常の業務運行と異なるところがあるのか」
「平常の業務どおりである」
のである。
現に、物数調査期間中(二〇日も含む)、
(一) 物数調査について指導的役割を果たさなければならない地位にある
成川主任が、17日年休・18日週休・19日非番・20日計年(証拠略)
遠籐主事が、19日計年(後に胃検診を19日に変更されたもの)
とされており、
(二) 他にも、
中川 18日計年(証拠略)
成瀬 19日計年(証拠略―後に他日変更)
八代 20日年休(証拠略)
寺沢 19日年休(証拠略―後に19日に変更されたもの)
山形 20日計年(証拠略―後に19日に変更)
となっており、突発休による欠区に備えた予備勤務者を配置しておこうとする姿勢は一切ないし、
(三) 班のリーダーである班長について見れば、第二班班長の阿部を一九日には課代主事(早)……計年振替の遠籐主事の代替……とし、二〇日には第三班に配置することによって第二班には班長がいなくなる(第三班には班長が二人となる)ような不自然な要員操配を行っているのであって、
欠区を防止しようとする要員配置上の配慮は全く見られないのである。
4 原判決の労基法第三九条三項の解釈の仕方は、事業の正常な運営ではなく、各個別の配達区の業務(配達業務に物数業務を加えたもの)に支障が生ずるか否かで判決することになるが、これは、事業と業務とを取り違えているものである。これを物数調査についてみれば、物数調査の結果は整数単位で要員配置上の参考資料になるに過ぎず、要員配置上の計算においては職員個々人の能力は問題とされずに平均値化されるのであり、他方、集配業務については物数は既に郵便課において把握されてもいるし、欠区分の物数調査項目についても、日常的な把握は経験的になされているのであるから、欠区が生じたことによって、当該区の物数調査業務に支障が生じたとしても、欠区が少なければ、局全体から見れば未だ物数調査の業務を含む郵便事業は正常な運営を妨げられるとは到底言えないことは明らかである。これを、局全体ではなく、第二集配課全体として部分化して見ても同じことである。
以上